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連載コラム MCコラム第186話 頭が柔らかい?心が柔らかい?―「柔軟性」は、現代経営に欠くべからざる必須の要素である―

 

 

これだけ変化のスピードが速い現代社会において、もっとも重要なビジネス上の要素は「トップの柔軟性」とも言われています。

トップの考え方や対応力が変化に応じて柔軟でなければ、たちまち時代に置いていかれるからです。

柔軟性については英語でフレキシビリティとも言われます。「何ごとにもフレキシブルでなければならない。」といった言い方もよくされるようです。日本のみならず、世界のビジネスシーンにおいても柔軟性(フレキシビリティ)は、仕事を進める上で最も重要な要素の一つのようなのです。

もちろん、この柔軟性はトップのみならず、中間管理職、一般社員まで含んだ組織全体においても重要であることに違いはありません。日本の場合、中間管理職、中でも男性でそのポジションにある人たちの考え方や行動が柔軟性に欠けており、それが大きな課題になっている、と指摘されています。

とはいえ、なんといってもトップが柔軟でないことには、それ以下の部下や社員がトップ以上に柔軟になることはありません。組織が柔軟であり得るかどうかは、トップの姿勢にかかっているのです。そういう意味では、「柔軟性」が現代ビジネスにおいて不可欠の要素だとすれば、この点に関するトップの責任は重いといわざるを得ないでしょう。

ただ、私もこの「柔軟性」については、いろいろな経営者に「社長はどうですか?」と、聞いてみるのですが、自分が「俺は柔軟な人間ではない。いつも、頑固一徹で押し通している。」という人は普通いません。大抵の経営者は「自分は柔軟な方で、部下の意見などもよく聞くつもりでいるのだが、部下がちっともいい意見を上げてこない。」といった言い方をします。

つまり、「自分は柔軟な人間だが、部下の柔軟性や提案力が欠けているのだ。」という理屈です。

しかし、その経営者がおっしゃるように、「意見を上げてこい。」と言っているにもかかわらず、現実には上がってこないのは何故でしょうか。それは、口ではそうおっしゃるものの、実はその経営者が柔軟性に欠け、本当のところで部下の意見など聞こうという意思がないからにほかなりません。そのことを部下は敏感に読み取っています。即座に否定されることがわかっていながら、嫌な思いをしてまで、わざわざ意見を上げてくる部下などいません。

このように、現実問題として「柔軟である」ということは、頭の中で考えている以上に、結構難しい部分が多々あるのです。

それでは、結構難しいと思われるこの柔軟性というのは、いったいどのように考え向き合えばいいのでしょうか? 

私は、柔軟性には2つの要素があると考えます。

それは「頭の柔軟性」「心の柔軟性」です。

この2つの要素をもとに柔軟性というものにアプローチしてみれば分かりやすいのではないでしょうか。

まず「頭の柔軟性」というのは、新しいテクノロジーやそれを使ったやり方そのものを覚えようとするかどうかということになります。

特にコンピュータを駆使した現代の処理能力の進化には目覚ましいものがあります。スマホを小型のコンピュータと考えれば、パーソナルな存在である人間一人一人が、膨大な情報収集力と処理能力を持つコンピュータを、手元にほぼ一人1台持っていることになります。

しかし、それを使いこなすリテラシーにおいては個人間の格差が生じており、それは特に世代間でその差が激しいといえましょう。私などもその処理能力の何分の一も使いこなせていない状況です。私自身、機械を使いこなす「頭の柔軟性」が自らの課題として突き付けられていることになります。

さすがに少なくなりましたが、以前は「携帯は持たない。持たないのが私の主義だ。」といった人もいました。昔の携帯がスマホに代わっていったときも「スマホは苦手だから持たない。」といった人たちもいました。今でも、昔の携帯のみ、或いは携帯とスマホの2個持ちという人もたまに見かけます。

おそらく、現代のビジネス社会において、スマホを持とうとしないのは「心の柔軟性」に欠けるからだろう、と私は思います。

それは、新しいテクノロジーを心が拒否しているからにほかなりません。

これに対してスマホは抵抗なく手にしたものの、私のようになかなか使いこなせないでいるのは「頭の柔軟性」に欠けているということなのでしょう。

「頭の柔軟性」に比べて「心の柔軟性」が少々厄介なのは、「心の柔軟性」に欠ける人が、昔も今も「自分の主義主張は正しい」と、全く疑っていないところにあります。

テクノロジーの進歩等によって、周りの状況がかなり変わってきたとしても、なんだかんだと理屈をつけて、心を柔軟に解き放とうとしません。これが組織のトップともなると、責任は重大です。それ以下の部下、つまり組織全体が、現代ビジネスにおいて不可欠となっているこれらのテクノロジーを思いっきり使うことができないことになります。

これに対して「頭の柔軟性」の方はまだ救いがあります。というのは、自分が技術的にできない、というのは織り込み済みであり、その点については、部下に聞くか部下にやってもらえばいい、と割り切っているからです。もちろん自分でできるに越したことはないのですが、できないときは素直に聞くかお願いすることで解決しようという、ビジネスを遂行する上でのセーフティーネットギリギリの柔軟性については確保しているからです。

さて、これとよく似た状況に「情報発信」があります。

「情報発信」即ち「アウトプット」を、日常的に行なうかどうかは、まずは「心の柔軟性」にかかっています。

経営トップが「そんなもの、役に立つわけがない!」と、拒絶すればそれまでです。このトップが率いる組織(企業)が、「情報発信」の持つ計り知れないメリットを享受することは永遠にありません。

一方で、「やらなきゃいけないことはわかっているんだが、なにを発信すればいいのかよくわからないし、そもそもどうしていいのかがわからないから動けないんだよなあ・・・」などと、悩んでいる経営者もいます。だとしたら、それは「頭の柔軟性」が欠けているからにほかなりません。

私は「情報発信」がそれほど難しいこととは思いませんが、なかなか実行に移せないでいるとしたら、それは頭の中でグルグルと考えているだけで、実践への柔軟性に欠けている状況だからなのです。

さて、こう書いてくると、大きな問題は「心の柔軟性」ということになります。

トップに「心の柔軟性」がないと、組織を変化させていく元のきっかけが掴めなくなります。「頭の柔軟性」は、後から別の形でフォローできますが、「心の柔軟性」がないとそもそも何も始まりません。

「心の柔軟性」は、「考え方」とか「意識」とか「姿勢」と言い換えることもできます。

トップが、ここのところが柔らかくないと、企業の発展は停滞してしまうのです。これは、必ずしも人間の「理性」とか「能力」で語れる部分ではありません。

むしろ、「理性」「能力」よりも、もっと大切なものではないでしょうか。

「情報発信」ということでいえば、まずは「心の柔軟性」さえあればとにもかくにも出発することはできます。その上で「頭の柔軟性」を少しずつ形成しながら前に進めていけばいいのです。いずれの柔軟性にも欠けるなあ、と思われる経営者は是非一度、私のセミナーをお聞きになるなり、個別相談をされるなりしてみてください。どちらにしても硬直した頭の中を柔らかく揉んで差し上げます。