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連載コラム MCコラム第157話 「情報発信」の前提にあるもの―内容が伴なっていなければ意味がないことを知る―

私はこれまで「情報発信」の重要性を散々訴えてきました。それは日本人が自己アピール或いは自己プレゼンテーションがあまり得意ではなく、特に地方企業の経営者においては、その点で大いに後れをとっているのではないか、ということを憂慮してのことでした。

 

ただ、これには欠かすことのできない大事な前提があっての話になります。

それはいうまでもないことですが、「元となる内容が伴なっていなければならない。」ということです。

「昔からいい商材を持っているのだが世間にほとんど知られていない」とか「訴えたい素晴らしいメッセージが内在しているにもかかわらず伝わっていない残念な状況」とかいった前提があっての話なのです。こちら側に特に何もないプアなままで何か訴えようとしても、おそらくそれはテクニック的な内容に終始するだけで、真の意味での「情報発信」としては成立しないことになります。

 

この点をかなり意識していなければ「情報発信」そのものが意味のないものとなる、というテーマで書かれたコラムを読む機会があったのでご紹介したいと思います。それは近年「新・観光立国論」などの著書で有名になった、京都在住のイギリス人アナリストのデービッド・アトキンソン氏の書かれたものです。このコラムの中でアトキンソン氏は次のように訴えておられます。

まずそのタイトルが刺激的です。

「金を落とさない観光客がたくさん来てもそれは単なる観光公害」

この強烈なタイトルに続く内容はどんなものなのでしょうか。

 

「観光施策=情報発信」という勘違い

 国内を中心とした、「整備より、とりあえず多くの人に来てもらえばいい」というモデルからすると、当然、「観光施策=情報発信」が観光戦略の基本となります。なぜ観光収入8兆円の達成が難しいのか、その理由の根っこには、いまだに日本に根付いている、この「観光施策=情報発信」という昭和時代のマインドがあります。

 事実、多くの観光地では現在、外国に対して「とりあえず情報発信すればいい」という観光施策を実施しています。

 誰も見ていないホームページの開設や観光動画の掲載、誰もフォローしていないFacebookでの情報発信、ゆるキャラやキャッチコピーを使ったブランディング、交通機関頼みのデスティネーションキャンペーンなど、昭和時代のマインドのまま展開されている情報発信の事例は枚挙にいとまがありません。―

 

「情報発信」を、現代の重要なビジネス戦略として訴え続けてきた私にとって、このアトキンソン氏の説は、全く逆のことを言われていることになります。

それどころか「昭和時代のマインド」と、切り捨てられているのです

こういった食い違いはいったいどこからくるのでしょうか。

 

それはなんといっても、日本の観光施策(国及び地方を含む)の貧困さを訴えておられるから、ということになります。私が冒頭にも書きましたように、「情報発信」は、世の中に訴えたい充実した中身が伴なったものでないと意味がありません。

 

アトキンソン氏の指摘される日本の観光行政のプアさは、「情報発信」そのものが目的となっており、内容の伴なったものになっていないことにその要因があります。この指摘を見ていると、日本の国内産業の中にはいろいろな面で課題が多いなあ・・と実感させられます。

 

つまり、それなりの実績や力のある商材なりを持っていても、広告宣伝、或いは情報発信が下手なためにそれが世間に全く伝わっていない、というジレンマ・・・一方で、広告宣伝や情報発信はそこそこ実践しているものの、肝心の提供する中身がまるで充実していない、という現実・・・いずれにしても、日本経済が世界の進捗状況に比して、かなり後れをとっていることの要因になっているのではないでしょうか。

 

さて、アトキンソン氏の指摘される観光行政のプアさというのはどういうものなのでしょうか。それについては次のように書かれています。

 

―行政と業者が悪いと思いますが、構成文化財はほとんど整備されることがありませんでした。薄っぺらいパンフレットすら、できるのは一部。ほとんどの場合、訪れると何の整備、解説などもされていないのです。

 では何をしているかというと、とんでもないお金をかけて作った動画や集客につながらないことがほぼ確実なSNS、誰も見ないホームページ、NHKで紹介されたことなどを誇っています。本当にお粗末です。各日本遺産のホームページを検索してもらえばわかりますが、情報はほとんどなく、写真が数枚、説明が数行だけというところも少なくありません。Wikipediaのほうがよっぽど充実しています。―

 

こういう指摘を読んでいますと、暗澹たる気持ちになってきます。

日本には、いわゆる「マーケティング」という奴が極端に不足しているのではないか、と思わされます。

どうすればこちらの提供する商材やサービス、ビジネスとして意図するところが伝わるのか、を考え研究することをマーケティングといいます。このマーケティング感覚の不足が、このような事態を呼んでいるのではないでしょうか。

 

情報発信との絡みでいえばアトキンソン氏は次のように指摘されています。

 

―日本で観光業に携わっている人に対して、声を大にして言いたい。重要なのは、まず観光地としての十分な整備をし、インフラを整えることです。情報発信はその後で十分です。

宣伝の前に商品開発するのは当たり前

 ちょっと考えれば、私の言っていることが常識なのはすぐわかると思います。要は、情報発信をする前に、商品開発をきちんとやろうと言っているだけだからです。

 まだ売る車が出来てもいないのに、車を作る技術、その車の名前、イメージを自慢する動画を作って発信したところで、ビジネスにはなりません。

 多くの観光地は、これと同じことをやっているのです。道路表記はない、文化財の説明も多言語化していない、二次交通もなければ、十分な宿泊施設もない。各観光資源の連携もできていないのに、情報発信だけはしている。こんな観光地が日本中にあふれかえっています。―

 

いやはや何とも厳しいご指摘です。情報発信に対してこれほどシビアな対抗意見を聞いたのは初めてです。

情報発信の前に、まず提供するものの中身を充実させる、当たり前のご指摘ですが、観光業においてこの点がこれほどプアだとは、私も思っていませんでした。

 

情報発信について、様々な角度から推奨してきた私ですが、アトキンソン氏の言われることはそれ以前の基本の基です。自社の提供する商材やサービスについてもう一度、マーケティング的な視点で見直してみる必要がありそうです。